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kidney


腎臓病になる

小5のときに今までやったことのない尿検査の再検査。
実際、そんなの初めてだから正直びっくりした。

何かの間違いなんじゃないの?って思いながら
素直に再検査したけど(っていうよりしなきゃならないんだけどね)
結局2次検査にもひっかかってしまって
腎臓病だってことがわかったんだけどね。

正直、顔では「だいじょ~ぶ!」って笑ってたけど
内心ショックだった。

今まで普通に走り回って転んで
いろいろ動き回ってた私が腎臓病だなんて・・・。
少なくともその時はそう思った。

それから、もちろん病院行き。

最初、近所の医者へ行ったけど、その時にはすでに症状は重く、
うちの近くで大きな病院、県病院へ紹介状を書いてもらって、
行くことになった。

で、もちろん言うまでもなく検査結果は悪い。

どのくらい悪かったまでは憶えてはいないんだけど、
とにかく悪かった。

初の総合病院の外来受診をして、もちろん次に病院に
行くときは入院。そして初入院。

まさか、初の入院生活がこんなに長くなるなんて、
このときは想像もしてなかった。

これからは、自分の記憶をひっくり返していくんだけど、
結構、記憶が薄い。何年前の話だって感じなので(汗)

話の内容がわからなかったら、ホントごめんなさい。

初入院したのは小5の夏休み。
初入院は不安だった。何にもわかんない上に
何されるのか・・・いや、何するのかわかんないんだもん。
この時は採血だけだったが気を張って変な疲れがでていた。

薬は何飲んでたか?なんてことは忘れたけど、
1つ、いや3つは覚えてるかな。

プレドニンとペルサンチン飲んでたと思った。
あと、ワーファリン。これで納豆禁だった憶えがある。

入院して初めての大きい検査といえば、腎生検。
検査方法の話聞いただけでも怖かった。

だって、背中に針さして腎臓の細胞とるんだよ。
しかも当時は24時間安静。
動いちゃダメって念をおされた。大変だった。
24時間絶対動いちゃいけないなんてさ。

腎生検当日、浣腸させられ昼間絶飲絶食。
当時は病室で腎生検はしてなくって、
レントゲン室に連れて行かれた。
しかも、ストレッチャーで。
歩けるっていうのに。
楽だったけど、ちょっと恥ずかしかったな。

それから、レントゲン台に移ってうつ伏せで寝て
イソジン塗ったくられたのかな。それから局部麻酔。
麻酔痛いんだよねぇ。それさえすんじゃえばあとは
どーにでもしてくれってな感じ。うつ伏せは苦しかった。

とにかく、無事に腎生検は終わって24時間の安静。
最初の3、4時間はよかったけど、だんだん辛くなって
何といっても腰が辛かったね。寝るのにも強引に寝るって
感じだったから、ちょくちょく目が覚めてた。

で、24時間たって、あ~、やっと起きれる~と思って起きたら・・・
突然吐き気がきて嘔吐。寝ながらご飯食べてたから
あまり消化されてなかったのかな?

あんまり食べれなかったのに
胃の中にはばっちり残ってたらしいね。

これで腎生検こりた。
2度とやるか!って思ったけど3度もやることになろうとは。

これからが、入院生活が長かった。

病室を移されて、同じ病気の子たちと同じ場所になった。
ネフローゼとか腎炎の仲間入りになってしまったのだ。

最初は「いやだ~!!」って言うのがあったけど、やはり子供だね。
すぐに仲良くなって遊んでました。

まだ、夏休みだったから学校とかの心配はこのときはなかったけど、
夏休みが終了して学校は??って思ったら、
なんと、県病院の中に養護学校があるじゃないの。

で、そこに行くことになった。

なんか、こういう病気になると入院生活が長くなるからみんな、
この学校に行くことになる。

しかも、学校だからちゃんと転入生扱いになってる。
と、言うことは向こうの学校は転校したことになってるというわけです。

先生との授業は生徒が少ないからもちろん1対1。もしくは1対2。

いろんな学校行事に参加したよ。
今でも憶えてるけど学園祭。

演劇だったけか?やったよ。
内容は「かぐや姫」。

頼むからあとは聞かないで。
ちょっと恥ずかしい・・・。

あとはちょっとした、らく~な運動。
カレンダーも作ったし。何より遠足があるのにはびっくりしたね。
院外に出れるってことで超うれしかったな。

もちろん、この学校生活の合間にパルス療法もしたり、
いろんな検査も治療もしたよ。

パルス療法とは・・・。
※症状が重くて、早急な対処が必要とされる場合、内服では十分に効果が
出ない場合にステロイド剤を大量に注射する療法のこと。

さて、ここでちょっと私の初の血漿交換の話でもしましょう。

実は、移植前が初の血漿交換ではないのです。
今でも非常に憶えているのですが小5の私の誕生日、
9月9日が初の血漿交換した日なのです。

先生も印象付けるような日にしてくれたので(笑)
今でもしっかり憶えてますよ。

たしか、週1のペースで血漿交換3回やった憶えがある。
なんか、これでダメだったら東京の病院に・・・という話もあったみたい。

そう、相当悪かったのよ!
この当時の私はそんなこと知らないから、
のほほ~んと血漿交換してました。

両腕ダイレクトに針刺した。
身動きできなくて、とりあえず寝てましたね。

2回目の腎生検もまたこれが憶えてまして。

何故か?

昭和から平成に変わるときだったので。
だって病院内で昭和天皇が亡くなって
平成になったってことを聞いた。

しかも、まだ24時間安静中の時だった。
ような・・・。たぶん。

で、退院が2月4日。
長かったよ入院生活。

もちろん、退院して1週間くらいは学校休んでまた、転入生として
もとの学校に戻ったわけだけど、1ヶ月くらいして風邪引いて1週間リターン入院した。
風邪は大敵だね。ホントに。

中学校時代は1度も入院することはなかったけど、主治医の先生が変わった。
かなり×2お世話になった先生が・・・開業医に。

しばらくは体調もよかった。血圧以外。
で、高校1年の3学期終わって即入院。

腎機能が悪くなって入院した。

しかも小児科病棟。
回りはお子様たちがいっぱい。、
一緒になって遊んでしまった。
そんな自分もおこちゃま(笑)

もちろん腎生検。
祝!3回目。

うれしくも何ともない。
ただ、24時間安静がイヤだった。
検査の結果、もちろんよくない。

またパルス療法。
結局あまり効かなかったみたいです。

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