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透析になる

さて、透析話。

私が透析となったのは高校3年の夏休みのとき。
このときにはもう小児科から内科にうつされていた。

初めて内科へ行って、もちろんここで初めて内科の主治医の先生に
会ったわけです。

診察が終わって家に帰って一段落したところへ電話が・・・。

なんと、今日あったばかりの内科の先生からの電話だった。
案の定(?)データが悪かったために即呼ばれたのです。

もちろん、指定された日時にまた病院へ行って先生と
今の状況や今後どうしたらいいかなどをお話した。

ここで、初めて(たしか・・・)
でんぷん米の話を聞いた。先生は遠まわしに「食べずらい」と言ったけど、
いわゆる「まずい」なんだよね。だから今では食べやすいようにいろいろと工夫して
低蛋白のご飯が売ってる。

うちも買った一人なんだけどね。
でも結局そのあと入院して「手遅れ」とは言われてないけど、
それに近いようなこと言われた。
何もかも遠まわしに言われてたけど、直訳するとそうなるわけで。

内科に初入院した早々、いろいろ勉強させられた。
蛋白量の計算だのカロリー計算だの。

これらのことをやったけど、結局意味なかった。
だってそのあとデータは悪くなる一方だから透析決定!となったため。

透析話になって3択くらいあったのかな。

まず1つめが一般的に知られている血液透析。

2つめが腹膜透析。

このときは何のこっちゃ??それって何?って思った。

3つめが腎臓移植。
気が付けばこの時に話だけはあったんだよね。

でも、腎臓移植の詳しい話というものが全然なかった。
自分で調べるまでは。

で、結局、血液透析か腹膜透析の2つのどっちかになるって言われて悩んだ。
だって、どっちも嫌だったから。

もちろん透析にはいいイメージがない。

小5の時に行われた血漿交換時、
そのときに、具合の悪くなる人も見てたから。

何だかやっかいだな、と思いつつも
透析についていろいろ勉強した。腹膜透析のことも。
最初はびっくりした。
お腹の中に透析液いれるんだよ。それも、多くて2Kg…。

腹膜透析やってる人からもいろいろ話聞いた。
やってるところも初めて見せてもらった。

正直ショック。

透析にもこんなのがあったのかぁ、というのと、
自分でしてるっ!というのが。

そこで、いろいろ話を聞いたんだけど、
その人は仕事もしてるし、旅行もするという人だった。

たしかに透析というと行動範囲が狭いというイメージがあるけど、
そうじゃなかった。

だから、腹膜透析にゆらいだ。
まだ、当時は高3だったから、ちゃんと学校は行っておきたかったし、
まだ進学先も決まってなかったので。
他にも出席日数が超ヤバイというのもあったんだけど。

そんなこんなで1ヶ月くらいだったかなぁ?
悩んだわけだけど、結局透析方法としては腹膜透析を選んだ。

高校を無事卒業したいというのもあったけど、他に進学して
情報処理の勉強をしたかったから。

で、腹膜透析と決まった次はその腹膜透析をいつ行うか?
やはり3択くらいあったのかな?

1つめは入院しているついでに腹膜透析を導入するか?

2つめは冬休み入ってからするか?

3つめは完全に具合悪くなるのを待つか?

もちろん具合悪くなるのは嫌だった。

で、冬休みか入院中の夏休み中にするかになったんだけど、
今やるとしても、夏休み終わって2学期はちょっと病院生活にはなってしまうけど、
入院したついでだから・・・・と入院ついでに腹膜透析導入することになった。

手術前にちょっとした腹膜透析のやりかたなど勉強した。

手を3分洗うとか、その他いろいろと。
透析のバックをつなげるのに手動でやらなければならないのかと思ったら、
機械でつなげるものがあったのでそれにしてもらった。
自分の性格も考えて(汗)
どうせ3分も手洗いしないだろ~なと思って。(本当にすみません)

そして、夏休みも終わった9月7日に腹膜透析の手術をしました。

背中のほうに針をさして麻酔をかけた。
もちろん局部麻酔だから意識はあるはずなんだけど、寝てたようなきがする。

起きてると辛いから。
時間はどのくらいで終わったかなんてわからないけど、
手術終わってすぐにお腹の中を洗浄する意味もあったんだろうけど、
すぐに透析液が腹膜内に入った。

しかし、あまりにも記憶が薄い。
寝てたので。(度々すみません)

それから2日間の安静。
やはり辛かった。腰は痛くなるし、暇だし、しかたないから寝ようと思っても
辛くて寝れないしで・・・。

もちろんその間も腹膜透析はやっていた。私は2日間安静だから
看護婦さんがしてたけど。最初のうちはお腹の中が変な感じがしたんだけど、
慣れてくるとそうでもなかったな。

それから2日後、私の誕生日の日にやっと安静解除になったわけだけど、
起きた途端、何故か具合悪くなってせっかく起きれたのにもかかわらず、
ここきてどっと疲れがでたらしくてやっと寝れた。

安静解除の安心感があったからか、すごく休めた気がする。

その後ちょっとずつ歩いてみたけど、お腹が重い!
妊婦さんですか??というような歩き方してたかな。

もちろん安静解除なので
今度は自分で腹膜透析開始。

もちろん最初のうちはわからないから混乱してたけど、
なれてくるとなるほどね~って感じでやってたけど、
そのうち調子に乗りすぎて失敗したこともありましたよ。

そんなこんなで2週間が経って抜糸になり、
今度は試験外泊。

自分でできなきゃ退院できませんから。
たしか、1泊2日くらいだったかな。
うちに帰って自分でやってみた。

うちでの初透析だからちょっと緊張したけど、ちゃんとできた。

それから、学校でも透析しなきゃならないから
高校のほうにも透析することを伝えたら保健室の先生がどんなものか見に来てくれた。
だから安心して保健室で透析することができた。このときの保健の先生に感謝です。

それから退院して2、3日休んだ後、学校へ行ったけど、
1週間くらいだったかな?しばらく半日で、それから1日学校へ行くようになった。

それと同時に4時間目の途中に授業を抜け出して
保健室での腹膜透析が始まった。

さらにそれと同時に私の体の体調もおかしくなり始めていった。
教室が4階にあったんだけど、普通にのぼれた階段がのぼれなくなってしまって、
2階のところでギブアップという状態にまで陥った。

もちろん、階段登りおえて、教室についたころには半日の体力を
使い切ったって感じで疲れてへばってた。

まさか、自分の体力がそこまで落ちるとは思わなくって、
さらには、肺に水がたまって1ヶ月半で病院にリターン。
もちろん自分がいけない訳なのですが。。

また、これで高校の出席日数が危険な感じになった訳で。

って言ってる場合でもなく、水の引けがよくなるようにと
濃い液を使って水をひいていったところ、苦しいのがなくなって、
無事寝れるようになったのです。

話に聞いていた通り、肺に水が溜まると寝ると苦しく、
起きてると楽なんです。横になれないのは辛いですよね。

それから無事、退院。

今度は高校の出席日数が足りない!!

おかげで、みんなが自由登校のところ毎日学校に来て休んだ分の穴埋めは必死。
それでも実は足りなかったっぽい?が、なんとかOKをいただけました。

おかげで無事高校は卒業できましたよ。進学は情報処理の勉強がしたかったので、
近くの情報処理の専門学校へ行きました。もちろん推薦。よく行けましたな。

専門学校へ行き始めてからの数年間が大変だった。1年に3~4回は入院してたから。

内訳としては性懲りもなく、肺に水が溜まったのと、腎性貧血と、データ悪くなったのとで入院した。
腎性貧血になったときはヘマトクリットが16だったかな。そのくらいしかなくて、輸血した。

特に夏場の貧血は辛かった。今まで、貧血なんてなったことなかったから、何とも言いがたかったけど。
データが悪くなったときは、腹膜透析じゃ間に合わないからって血液透析をした。

このとき、血圧も高かったから血圧の薬の調節もしたけれど、
なかなか合わず薬合わすの大変だったと思う。主治医の先生には
大変申し訳ないことをたくさんした時期だった。

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